湯を吸った床が窓からの光を反射してはいるが、どことなく薄暗い。
三山様は若者の剣術稽古に大変熱心なお方だ、と藩では名が知れていた。
道場を屋敷の端に造り、そこで毎日青年達が汗を流している。
今日も吉弥はそろそろ道場に行かねばと思い、なんとなく重い足取りで向った。
「今日は調子が悪そうだな」
思ったように木刀が振れないどころか、自分の不注意で身体にいくつか当てられてしまった。
「どうした?」
見た目も涼やかな吉弥は剣の方も歳若のわりに冴えているので、今日のような様子に周りの若衆も心配のようだ。
「なんでもない・・・。さあ、もう一度お手合わせ願おう。」
そこへ家の用事で遠出していた千十朗が十日ぶりに木刀を携え、道場へやってきた。
「久しぶりな気がするな」
「どうだい、十日も振ってないと腕がなまったんじゃないか?相手してやろうか」
などと口々に声を掛けられる。
陽気な千十朗がひきつったような笑いを周りの者に返すと、つかつかと吉弥の側に来た。
「話がある」
「・・・汗を流そうじゃないか、話は後だ」
そう言った吉弥はさっと立ち、構えた。
それぞれ朝の稽古が終るとひとまず家に帰って行った。
吉弥と千十朗、二人はまだ木刀を振っていた。
武家の屋敷である三山家には風呂はもちろんあり、道場を使う若者が汗を流せるようにと、贅沢にも道場脇にも簡単なものを設えてくれていた。
先に帰る、と吉弥が言い、風呂に向った。
しばらく何かを考えていた千十朗だったが、吉弥入るぞ、と声を掛け風呂場の引き戸を開けた。
吉弥は肌襦袢を着たまま湯を浴びていた。
「・・・殿様じゃあるまいし・・・何だ?」と千十朗が言うと、
「今日は幾度か打たれてしまってみっともない痣ができたから見られたく無いからだ」と返答してきた。
「嘘をつくな・・・」
しばらくの沈黙の後、千十朗が後を続けた。
「秋山様の所の芳康様がお前の念者になったって聞いたぞ!俺が帰ってきた時に、待っていたのかどうか知らんがばったりと会ってな。わざわざ俺にそう言ったよ!」
思わず息を呑んだ吉弥だったが、何も答えなかった。
「俺が・・・お前にそういう気持ちでいた事は知っていただろう?芳康様だってそうと知ってたから・・・!」
後ろから吉弥を抱きしめた。
「千・・・!あっ・・・」
千十朗が吉弥の前に手を伸ばした。
「ここを弄くられて、気をやったのか?打たれた痕じゃないだろう!?芳康様の痕だ・・・!」
「やめろ、千十朗!」
それでここを・・・お前のここを・・・と千十朗のもう片方の手が吉弥の菊座に触れた。
「あ・・」思わず甘い吐息が漏れる。
「駄目だ・・・、千十朗・・・私はもう芳康様と契りを結んでしまった・・・こんな事が知れたら・・・ああ・・」
「無理やりだったんじゃないのか?!」
「例え無理やりだとしても・・・千十朗・・!ああ・・最後にお前の口唇を吸わせてくれ・・」
湯気の中、吉弥の目に光るものの真意が読めず、千十朗は苦しい想いで吉弥に口付けた。